その2
第3章
総合商社
総合商社にて勉強させて頂こうと決めてからは、具体的な会社の絞り込みを始めました。
目的は「貿易コンサルタントになるための実践的実務経験と知識の習得」と明確でしたから、条件のリスト・アップはそれほど難しくはありませんでした。必要条件として、次のようなものを挙げて絞り込みました。
1.総合商社であること:
これは、将来、貿易コンサルタントを開業した時に、どのような商品分野のクライアントから依頼を受けるかわからなかったので、出来るだけ間口を広く取ろうと考えた結果です。
2〜3年の非営業部門の勤務を経てから、適性が認められれば営業部門に転属されると予想を立てていましたが、仮に営業に配属されたとしても、専門商社では専門に扱っている特定分野の事しか勉強できないと考えました。総合商社が縦割り組織であることは知っていましたが、総合商社であれば、自分が配属された分野以外の商品に関しても、社内の先輩や同期を通じて必ず情報を得ることが出来ると考えました。従って、どうしても総合商社である必要がありました。
2.輸出と輸入の両方を取り扱っていること:
貿易には輸出と輸入があると認識していたので、貿易コンサルタントとしてはどちらも取り扱える必要があると考え、輸出だけの商社や輸入だけの商社は排除する事にしました。
3.規模が中規模であること:
企業組織があまり大き過ぎると、組織の中の小さな歯車になってしまい、取引の全体像が見えなくなると考えました。貿易コンサルタントが引き受ける業務内容は、恐らく取引の全体を総合的に俯瞰し、適切な指導をする事が期待されるであろうと想像し、取引の全体像を把握する経験を積む必要があると考えました。そのためには、いわゆる大手の総合商社は不適当であると考えました。
また、もしも大手の場合は、取引の全体像を把握するまでに要する時間が長くなってしまうとも考えました。商社にも、会計部門、外国為替部門、船腹受渡部門などから、総務・人事部門まで、様々な業務分野があります。
貿易コンサルタントを目指すからには、少なくとも、将来のクライアントから「貿易コンサルタントに対して期待されるであろう業務」には、全てに対応できなければならないと考えました。
4.プラント輸出を取り扱っていること:
当時、プラント輸出という言葉が新聞などに良く取り上げられていて、詳細までは分からなかったものの、ある程度の規模や資金力がある商社でないと、プラント輸出は取り扱っていないであろう事は推測できました。小規模なものかもしれませんが、将来、自分が貿易コンサルタントになった時には、プラント輸出にも対応する実力を付けておく必要があると考え、少なくともプラント輸出を取り扱っている規模の商社を必要条件として設定しました。
5.主要取引先国が「西側」であること:
上記のような必要条件で絞り込んでいくと、いくつかの商社がリストに浮上してきたわけですが、その時点で気付いた事として、主要取引先がいわゆる「西側」の国々と、「東側」の国々とに別れている商社が存在すると云う事でした。東側との取引に特化しても、貿易コンサルタントの需要はある程度見込める、と、考えましたが、先ずは西側を重視する方が順当であると考えました。
従って、東側の国々を主要取引先としている商社はリストから外す事に致しました。この時点で、いわゆる「友好商社」は対象外になりました。
1980年の世界は東西冷戦時代で、ドイツは東ドイツと西ドイツに分断されており、現在のロシアもソビエト連邦と呼ばれていて、米国と対立関係にありました。貿易コンサルタントとして取り組む先として、東側を選ぶのは現実的とは言えない状態でした。
以上の条件から絞り込んでいった結果、私のリストには最終的に4社が載っていました。幸いにして第一志望だった企業に採用して頂けました。本社は東京の自宅から
Door to Door で30分という距離でしたので、辞令を受け取りに出社した初日に、辞令に「大阪支社非鉄金属部製品課に配属する。」という文字を読み、頭の中が真っ白になりました。
第4章
OJT (On the Job Training)
大阪勤務については、かなり迷ったものの、結果としては予想外の収穫が得られたと考えています。
東京本社よりも、全てがコンパクトであり、コンパクトな総合商社として機能していました。非鉄金属、鉄鋼、繊維、食料、燃料化成品、機械、と商品分野も幅広く、プラント輸出も行っていましたし、国際入札にも恒常的に応札していました。
何よりも、採用当初から営業部に配属された事を望外の幸運と思いました。
会社からの説明では、「今年から方針を転換し、新人を直接営業部に配属する事になった。」との説明を受けました。 そしてそのOJT
(= On the Job Training =
実際の実務を通して仕事を身に付けさせる手法)を取り入れるとの説明を受けました。
この予想外の展開に、私は、実務修行の期間として4年間を目標に掲げました。
4年とは、ちょうど米国の大学院に充てようと計画していた期間です。
入社して分かった事なのですが、配属された非鉄金属本部はこの会社の主要部門でした。
取引先のメーカーは業界では最大手ばかりでした。また、競合先の商社もやはり大手の総合商社ばかりという状況でした。
恐らく、英語力を評価されたのだと思いますが、私は最初から輸出担当を命ぜられました。
具体的には、非鉄金属製品の東南アジア向けの輸出を扱う事になりました。実務経験ゼロの新人商社マンにとっては、毎日がまるで戦争のように思えたことを良く覚えています。毎日の業務は、自分が想像していたものを遥かに凌駕する濃密な内容とボリュームでした。
非鉄金属とは、金、銀、銅、アルミなど、鉄以外の金属を全て指します(後にレアメタルや新素材も担当する事になるのですが、これは貿易コンサルタントになってから、大いに私の仕事に貢献する事になりました)。これらの製品群はいわゆる高額商品で、しかも相場商品です。
主要取引所はロンドンとニューヨークにあり、必然的に英国ポンドと米国ドルの為替相場も絡んで来ました。自分が輸出する商品の価格は、商品相場で変動し、為替相場で変動しました。ソ連のブレジネフ書記長が亡くなったとのデマ報道が出る度に、米ドルが強くなり、金相場が上がりました。輸出先は東南アジアでしたから、日本との時差が少なく、見積り有効期限は平均2時間という取引を行っていました。朝は、始業時間の一時間前に出社し、ロンドンとニューヨークの非鉄金属相場のデータを纏め、英ポンドと米ドルの為替相場のデータを取り、朝9時までに主要取引先に電話で相場動向をレポートすると云う事を行います。
これを毎日繰り返しました。
輸出業務に慣れてくると、今度は輸入取引も扱うようになりました。輸入先は、豪州、アジア、欧州、南米と多岐にわたり、輸出とは大幅に異なる商戦を展開する事となりました。輸入取引は国内営業であり、非鉄金属製品のような高額商品を輸入ロットで購入できる客先は限られていて、競争は厳しいものがありました。価格競争力を上げるために、取扱金額も大きくなってきて、一本(百万米ドル)単位になると、為替レート1円の違いが100万円の違いになりますから、銀行との交渉にも熱が入りました。日本での終業時刻になると、欧州市場が明けて来ます。
あたかも、一日分の時間を「トク」したような気持になるので、夕方からは残業をしてでも欧州市場とテレックス交信をしていました。
輸出と輸入の両方を見るようになってから、貿易取引というものが立体的に見えるようになったと思います。貿易取引に対する理解は飛躍的に深まったと感じました。そして、三国間取引を作り上げて行くようになっていきました。
幸いにして、商社には多数の海外支店や海外子会社があるので、三国間取引の機動性は非常に高いものがありました。
商社の営業本部は縦割り組織でしたが、国際入札など大口の案件では、他の本部と共同で取り組むという事もしばしば有りました。他の商品分野についても、積極的に係わるように心がけました。営業部ばかりではなく、外国為替課、船腹受渡課、審査部などとも交流を深めるように努力し、結果として色々な事案に携わり、経験させて頂くことが出来ました。
私が勤務した商社はいわゆる旧財閥グループに属していたので、企業グループのノウハウの蓄積には、大変驚かされました。地下の書庫室は、貿易実務の宝庫ともいうべきものでした。自分は、「正に自分が望んでいた膨大な情報の渦の中に居る」、と、思えました。
貿易実務の詳細が見え始めて来た頃から、少しずつ感じていたことは、「このような大きなシステムとも云うべき貿易実務の集合体は、一つの体系として理論的に取り纏め、学問に成り得るのではなかろうか?」という命題でした。これこそ、最新版の貿易商務論なのですが、法学部出身の新人商社マンがそれを知るのはまだ先の話になります。
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