その3
第5章
貿易コンサルタントとしての基本方針
中坊公平(なかぼうこうへい)という弁護士をご存知でしょうか?
有名な事件をいくつも取り扱っていた有名な方でしたが、最も注目されたのは1993年の豊島(てしま)産業廃棄物問題だと思います。
中坊弁護士の言葉で私の心に強く残っているのが「事業には、利益けん引型と理念先行型があるが、理念先行型でなければ歴史の批判に耐えられない。」というものがあります。
貿易実務を学ぼうと望んで商社に入りましたが、実務を知り始めると、実践だけではなく、やはり理論が重要である、と、考えるようになりました。これは今でも私の基本的な姿勢になっています。経験則だけに頼るのは大変危険な事だと考えています。後年、国際商取引学会に入り、商学の経済的合理性と法学の法的正義の体系的一体化というテーマに取り組む事になりますが、今目指している事は、国際私法の領域に経済的合理性を如何にして組み入れていくか、と云う事です。
総合商社に入って3年が経過し、私の計画では最後の年に当たる4年目に入ったころ、貿易実務については相当な経験を積み、理論的な背景もかなり理解したつもりになっていた私は、いよいよ貿易コンサルタントとしての独立開業の計画を練り始めました。幸いなことに、商社に勤務しながら、貿易コンサルタントの需要は必ずある、との確信を持つことが出来ました。ここで、商社勤務時代に私が感じた象徴的な点についていくつか述べたいと思います。 1:
総合商社の中でも、貿易実務を体系的且つ理論的に理解している人は限られていて、経験則に頼る傾向がある。
体系的に理論を学ぶ場が無いし、日々の仕事に忙殺されているのが主な原因であろう。 2:
新規案件として魅力のある商材や企業であっても、取引金額の規模や、与信上の観点から見送りになる案件がある。 3:
一営業マンとして活動していても、常に「勤務先の会社」という看板が大きな働きをしている。 4:
貿易コンサルタントという資格や資質を問う試験や制度は日本には未だ無い。 5: 人を見抜く力を鍛える事。
最後の5.について、これを実感した事がありました。
入社4年目で、勤務していた商社の社長が新しい人に代わり、大阪支社に視察にお出でになり、部単位で新社長との面談を行う機会が設けられました。新社長からは、「一人ずつ、勤務に際して日ごろ感じていることを自由に述べよ」という事で、勤務経験の浅い順で一人ずつ述べる事になりました。
私は、大変充実した日々を送っているという点と、予算の組み立て方が過去の実績に比重を置き過ぎているように思う、というような事を述べたつもりだったのですが、私が話し終わると、その新社長は私に向かって「あなたは禅をやっているのですか?」と尋ねたのです。私はかなり熱心な仏教徒なのですが、会社でそのようなそぶりは一切見せた事はありません。
しかし、初対面の新社長には、すぐに見抜かれてしまったのです。 これは、私にとって、大変大きな衝撃でした。
勤務先の商社には大変お世話になり、感謝の気持ちしか持っておりませんでした。
当時、商社マンの独立開業では、既知の客先や商権をそのまま引き継ぐ形で独立開業するという事例を見聞きしていましたが、それは行わない事に決めていました。今でも、商社時代の同僚や上司とは良好な関係を続けています。
尤も、非鉄金属の輸出入にはかなりの資本力が必要なので、開業したばかりの貿易コンサルタントにとって、非鉄金属業界は縁のない業界だとも考えていました。
以上のような事を自分なりに整理し、まとめて、開業計画を策定し始めました。 貿易コンサルタントの経営方針として次の事を決めました:-
1.取り扱う商品分野、取引先の国や地域には事前に制限を設けない。
2.一業種につき1社のクライアントしか扱わない事とする。
3.小規模なクライアントであっても、将来性を重視して取り組む事とする。
4.相性が悪いと感じたクライアントの案件は取り扱わない。
5.違法行為は一切行わない。
そして、前述のように、「理念先行型」で進める事にしていました。 最後に、どうしてもクリアーしなければならない点が「貿易実務の体系的理論形成」と、「貿易実務の実践と理論を自分が習得していると云う事を、貿易取引のことを良く知らないであろうクライアントにどのようにして納得させ、信用してもらうか」という点でした。
第6章
ジョブ貿易事務所 1985年(昭和60年)3月末日を以って、勤務していた商社を円満に退職し、貿易コンサルタントの開業準備を進めました。
1985年は、先進5カ国(G5)の蔵相・中央銀行総裁が9月にニューヨークのプラザ・ホテルでプラザ合意を行った年で、日本では「円高、とバブル景気」が始まる年でした。
振り返ってみれば、大変幸いなことにバブル景気の波に乗り、私が開業したジョブ貿易事務所 は、開業前に既に第1号のクライアントを獲得していました。 ジョブ 貿易事務所
は、理念先行型であり、従来には無かったタイプの業務を行います。 そこで、最初に取り組んだ事が以下のような「新語」の創造でした:-
1.貿易事務所
という名称と業態を考え出しました。
2.貿易顧問
という名称と業態を考え出しました。
3.貿易コンサルタント
という名称と業態を考え出しました。
4.私の事務所には、「ジョブ
貿易事務所」 という名前を付けました。
この ジョブ とは、英文では JOBB と綴ります。
JOBB とは、Japan Overseas Business Bureau
の4つの頭文字で構成されています。
「貿易事務所」とは、「法律事務所」、「会計事務所」と同じ発想で、各種企業の貿易に関する相談や実務処理を行うという意味で付けました。
また、クライアントとしては海外の企業も視野に入れていましたので、英文表記でも、日本に基礎置く「貿易事務所」を表現したいと考え
Japan Overseas Business Bureau
という英文名称を付けました。そして、「ジョブ 貿易事務所」 という名称が出来ました。
「JOBB貿易事務所」と表示する事もあります。
「貿易顧問」も、「法律顧問」と同じ発想で私が作った造語です。 次に取り組んだ事は、前章でも述べていた「貿易実務の実践と理論を自分が習得していると云う事を、貿易取引のことを良く知らないであろうクライアントにどのようにして納得させ、信用してもらうか」という問題でした。そこで、ジョブ
貿易事務所 は 株式会社 でスタートさせ、社会的な信用を高めようと考えました。 資本金を工面し、7名の発起人を集め、法人登記も諸先輩方の協力を得て、自分で行いました。ところが法務局に法人登記を申請した時に、思いもよらぬ問題が起こりました。株式会社
ジョブ 貿易事務所
の定款には、取扱業務として「貿易業務に関するコンサルティングと実務指導」と記述していたのですが、法務局の担当官は「具体的に貿易取引で取り扱う商品分野を定款に記述せよ。」と言うのです。総合商社の定款を読むと、非鉄金属並びにその製品、航空機並びにその製品、等のように、取扱商品が長々と列挙されています。これと同じように、株式会社
ジョブ 貿易事務所の定款にも、取扱商品分野を全て記載するように求められたのです。 ジョブ 貿易事務所
は、従来にはなかった全く新しいビジネス・スタイルである、貿易コンサルタント、貿易顧問ですから、法務局が勘違いしてもやむを得ぬところです。
そこで、ジョブ 貿易事務所
の業務は「サービス業」であると説明し、分かり易い例示として、「例えばこれから開業する床屋さんに対して、どのような職種の人の髪を刈る予定ですか?」と、尋ねるのと同じです、と、説明して理解を得る事が出来ました。
社会的信用は、株式会社にする事で一定の効果があったと思いますが、難しかったのは「貿易実務の実践と理論を自分が習得している」と云う事を、貿易の事を良く知らないクライアントに納得してもらう事でした。ある大手の新聞に(株)ジョブ
貿易事務所の広告を出そうとした時に、その新聞社の審査部の方が突然来訪してきて、本当に私が貿易コンサルティングと実務指導が出来るのか、審査を受けた事がありました。審査部の方は、事務所内のテレックスや、ファックス、タイプライターなどの設備・備品を確認し、私の経歴を尋ねてきました。とっさの判断でしたが、商社勤務時代に或る輸出案件で会社から表彰状を貰っていた事を思い出し、その商社の社名と、私の氏名が記載された表彰状を見せて審査に通ったことがありました。 ジョブ
貿易事務所を開設してしばらくすると、バブル景気に乗った「自称貿易コンサルタント」という人がちらほらと出現し始めて来た事に気づきました。私自身も「自称」であった訳ですが、職業としての貿易コンサルタントとして、顧客満足は得られていたと自負しています。
私以外の自称貿易コンサルタントの出現に気付いたきっかけは、私のところに相談に来るクライアントの中に、よその貿易コンサルタントと相談していたが、一向に商談が進まないので、ジョブ貿易事務所
のドアを叩いた、というクライアントが次々と出て来た事でした。 1985年(昭和60年)当時、「貿易相談」という用語で広告を見掛けた事はありましたが、「貿易コンサルタント」という言葉は見た事が無かったので、ジョブ貿易事務所
に追随する、「自称貿易コンサルタント」が出て来ているのだと分かりました。
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